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2019/11/26 09:47 - No.632


第4回 なぜ「断熱」するの?(3)


省エネのキホン
堤 太郎

2019/11/26 09:47 - No.632

 



前回は、断熱性能が足りないことによる過酷な室内環境が人体の健康を損なう、というお話でした。
今回は、どうすればそのような事態にならないか、を見ていきましょう。


■ガマンの省エネは「健康を害する節エネ」

まずは日本の住宅事情の続きから。
「世帯あたりの用途別エネルギー消費量の国際比較」という資料を見てください。


日本の暖房用エネルギー消費量は他国に比べて極端に少ない、という結果が出ていますね。

さすが、省エネ技術が進んだ日本!

エネルギー消費量でも優等生!?

・・・・・では無いのです。

日本では「家にいるときだけ」の間欠(間歇)運転、「人がいる部屋だけ」の部分暖房がほとんどであり、使わないから消費エネルギーが少ないだけなのです。
これこそが前回もお伝えした「ガマンの省エネ」という構図であり、本質は省エネでもなんでもなく、ただの「節エネ」です。
それも多分に健康に支障をきたしかねない「ガマンの節エネ」です。

住宅ストック約5000万戸中、平成11年基準(現行省エネ基準相当)の住宅は約5%であり、逆に無断熱住宅が約40%、そこに無断熱に近い住宅を含めると全体の80%弱にもなるという推計があることを前回お伝えしました。
そのような過酷な環境にも関わらず(勿体ないから?習慣として?)ガマンするので、熱中症、ヒートショック、凍死などにつながるのです。

そもそも室内で健康に過ごすためには、暑さ・寒さが厳しい季節は、家中どこにいても温度差の少ない、連続した「全館的暖冷房」が欠かせません。
日本以外の各国はそのような(本質的な)暖冷房を前提とするのでそれなりのエネルギー消費量になるのですが、もし日本も現在の省エネ基準の住宅で同じように暖冷房全館連続運転すると・・・


一部地域を除き、他国よりも消費エネルギーが多くなってしまいます。
省エネ基準レベルの住宅では本来の暖冷房をすると「増エネ」になってしまい、それはそのまま「求めるべき室内環境と省エネの両立を実現するためには省エネ基準では足りない」ということも示しています。

さて、前置きが長くなりましたが、視点を「住まい手の健康性」に当てましょう。

住宅の断熱性能と居住者の健康性の関係について、まず押さえておくべき資料があります。
近畿大学建築学部長の岩前教授らによる、約2万4千人を対象として行われた大規模な健康調査です。
「ほぼ無断熱の住宅から各断熱グレードの住宅に引っ越した」ご家族(10代含めてほぼ全ての年代)を対象にアンケート調査した回答からは、


・せき
・のどの痛み
・肌のかゆみ
・目のかゆみ
・手足の冷え
・アトピー性皮膚炎
・アトピー性鼻炎
・アレルギー性結膜炎

以上のいずれの項目についても、転居後の住宅では症状が出なくなった等、健康の改善率が上向きになる結果となり、加えて、転居後住宅の断熱性能が高くなるほど改善率も高くなる、という結果が出ました。

この内容は、転居後の断熱性能と入居者の健康性改善に関係があるというエビデンス(証拠)として扱われています。
エビデンスになる、というのは必ずしも詳細なメカニズムまで解明されていないにしても「有意に関係がある」ということが認められる、ということです。

転居後の住宅の断熱グレードが高いほど健康状態も良くなる、ということは逆に考えれば、断熱グレードが低い住宅では上に挙げたような各症状が悪化することも容易に想像がつきますね。


■ポイントは室温18℃

住宅の室内環境、特に冬場の室温に関する資料として、日本でもよく引用されるのが、イギリスの冬季室内温度指針です。


こちらは、「HHSRS(住宅の健康・安全評価システム)」という英国における住宅の安全性・健康性のアセスメントツールからの一部内容で、冬場の室内温度が人体におよぼす影響を下記のように明確に示しています。

・21℃ 推奨温度
・18℃ 許容温度
・16℃未満 呼吸器系疾患に影響あり
・9~12℃ 血圧上昇、心臓血管疾患のリスク
・5℃ 低体温症を起こすハイリスク

いきなりこれだけを見ると大げさな、と思う方も多いかも知れません。
実際、冬場にこのような温度になっている環境もありますよね?
しかしそれらの低室温がもたらす「見えにくいヒートショック」や命の危険をもたらす「低体温症」が、身の回りでも普通に起きている実態が問題なのです。

次に、1年前の2018年11月27日には、WHO(世界保健機構)から住宅と健康に関する新しいガイドラインが発表されました。

その中には
・寒い季節に健康を守るため「冬季最低室温18℃以上」を強く勧告
という内容が含められています。


さらにその他、室温に関しましては、各国で最低室温規程がある欧州だけではなく、たとえばアメリカ北東部の事例として、メイン州20℃、ニューハンプシャー州18℃、バーモント州18℃、ニュージャージー州20℃なども(前述の)岩前教授から報告されています。

いずれも「最低18℃」と示されているということは、各国の基準によらず世界共通で、人体の健康性確保のためには、最低でも室温18℃相当の環境が必要だと考えられていることが読み取れます。
(誤解なきよう。あくまで健康上で「これを下回らないように」という最低ラインですので、個人差のある快適な温度は別です)

日本ではどうでしょうか?

残念ながら、「最低室温規程」のような内容は明確に示されていません。

直接の管轄としては厚生労働省となるのでしょうが、そもそも「ヒートショック」という言葉が医学用語ではない、という実態からもうかがえるように、医学界が建築とリンクしていなかったのが実情です。

そのような中でも、意識ある研究者・団体によって地道に調査・研究が進められた結果、今年、2019年1月24日の国交省からの発表につながりました。


「得られつつある知見」という表現ながらも、適切な室温が居住者の血圧・各数値(コレステロール、心電図)・身体活動時間の関係などに良い影響を及ぼすという内容です。

「(血圧の)薬を飲む前に室温確保でしょう!」と訴えたくなりますね(笑)。

入居した日から毎日過ごす環境がいかに大事かということ、増大し続ける医療費を問題視する前に「予防・未病」という観点で考えても、住宅の室温確保がいかに大事かということ、それらをエネルギーの浪費によってではなく、「省エネ」で実現することが必須なのは、間違いありません。

以上、住宅環境(と言っても、今回も結局「温度」だけですね)と健康性の関係でした。

次回は、室温や体感温度にも関係する「温度の伝わり方」などを予定します。


オマケ:

今年の2月に滋賀県でセミナーを行った際のサーモ画像です。


健康の為には体感温度として寒くないことが重要!という話をしている会場自体の足元や壁面温度が低く、とても健康的とは言えない状態で、まさに「お寒い」状況、、、

特に「住宅室内」のサーモ画像において、色華やかにカラフルなのは温度のバラつきが大きいということなので、人体にとっては良くありません。
人体以外はほぼ同じ色だらけの「面白くない・ツマラナイ」サーモ画像が最高なのです!







 
堤 太郎
一般社団法人 みんなの住宅研究所

一般社団法人 みんなの住宅研究所 代表理事/株式会社 M's構造設計所属。一級建築士、CASBEE戸建評価員、BISほか。1966年奈良県生まれ。1990年摂南大学工学部建築学科卒業。関西商圏のビルダーに27年勤務し、主に2x4工法(枠組壁工法)の戸建住宅設計に携わる。2013年にドイツのフライブルクをはじめとした各地の研究機関・企業等をツアー視察した後、ATC輸入住宅促進センター(大阪市)主催の省エネ住宅セミナーにて、企画のアドバイスやパネルディスカッションのコーディネーターとして複数参加。2018年にM’s構造設計に参加、「構造塾」講師や「省エネ塾」の主催、個別コンサルタント等を行っている。

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